マッチョな『ガンバル』とお転婆な『ハピネス』と『優』と時々『B'z』
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先日、大阪の父方の祖父が永眠しました。

記憶に残すため、私は書こうと思います。
このような話がお気に召さない場合は、このブログを飛ばしてお読みください。
m(_ _)m
 
 
2006.02.09 2007年1月8日(月)8時4分
 父方のおじいちゃんは静かに他界いたしました。
 享年77歳でした。

   写真は2005年8月13日
   大阪のおじいちゃんの家で
   生後4ヶ月のガンバルと一緒に



私に第一報があったのは、実家から帰ってきた次の日の朝でした。
あまりに突然の事だったので、とても驚きました。
通夜は8日に駆けつけた両親・弟に任せて、
私と妹(九州)は9日の朝出発し葬儀に向かいました。
ガンバルは一緒に連れて行くわけにはいかず、
日帰りなので、家でお留守番してもらうことにしました。

病名はパーキンソン病による心不全。
パーキンソン病は、私もよくは知らないのですが、
原因不明の難病で、治療の方法すらまだわからない病気らしいです。

最後におじいちゃんと会ったのは、2005年の夏でした。(画像の時)
その時は元気で、私達を明るく迎えてくれたのですが、
その時には既に発症していたそうです。

葬儀場に行くと、いつも元気に迎えてくれたおじいちゃんは
今回は静かに優達を迎えてくれました。

おばあちゃんやお父さん、お父さんの兄弟は「頑固な所があった」と言っていましたが、
正直、私には頑固と言う印象は全くありません。
むしろ、孫の私たちには良く一緒に遊んでくれたり、
冗談も交わしながら話し相手になってくれたりと、
とっても優しいおじいちゃんでした。

葬儀も終わり、お骨拾いは次の日(10日)と言われ
日帰り予定だった私は、おじいちゃんの最後までを見届ける事が出来ず、
それだけが今でも心残りで仕方がありません。

後で人伝ですが、おじいちゃんの遺言を一部分だけ聞きました。
ココでは書けませんが、その遺言を聞いた私は
「あぁ、おじいちゃんとおばあちゃんみたいな夫婦になりたいな」
と思えるほど、微笑ましい遺言でした。
人それぞれ、遺言の意味をいろんな風に捉えると思いますが、
少なくとも私は単純に、
「おじいちゃん・おばあちゃん夫婦はいつまでも傍にいてほしいと思える夫婦なんだな」
と思えました。

おじいちゃん、今までよく頑張ったね。
向こうでゆっくりして、優達を温かく見守っててね。
おばあちゃんは心配しないで!
優も夏に大阪に行って、おばあちゃんの所に遊びに行くからね
賑やかなガンバルも一緒に!


2007.01.08  その日の帰りに京都駅に向かう途中
  五重塔の横を素通り・・・
  おじいちゃん家は大阪なんだけど
  新大阪駅よりも京都駅の方が近いんです

  一応、大阪に来たという証拠で・・・
  五重塔は京都なんだけどね


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