マッチョな『ガンバル』とお転婆な『ハピネス』と『優』と時々『B'z』
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先日、実家にいる祖父が永眠しました。

ココで書くことではないとわかっているのですが、
生きてきた証として、記録に残すため、記憶に残すため、
あえてブログに書こうと思います。
もし、このような話がお気に召さない場合は
このブログを飛ばしてお読みください。
m(_ _)m
2005.08.15 2006年3月11日 午前1時47分
 おじいちゃん(母方)はあの世へと旅立ちました。
 前日(3月10日)に誕生日を迎えたばかりの
 享年82歳でした。

  画像は2005年8月15日
  実家で生後4ヶ月のガンバルと一緒に

 
病名は「急性骨髄性白血病」
宣告されたのは2004年の秋頃でしたが、本人は知らぬままでした。
それは年齢的にも体力的にも完治は不可能と言われていたからです。
それでも延命のために、定期的な輸血と入退院を繰り返していました。
2005年の秋頃から、心構えと準備はしておきなさいと言われていたので
私にとっては突然の事という訳でもありませんでした。

おじいちゃんの誕生日の日に、母から
「お医者さんが 会うなら今日の早いうちがいいでしょう って言われた」
と連絡があったので、その日のうちに出来るだけ早い飛行機で帰りました。
兄弟で待ち合わせて、病院に直行すると、
おじいちゃんは薬で意識が朦朧としていました。
「急性骨髄性白血病」は「血液の癌」とも言われているため
既に全身に転移していて、体中触るだけで痛がっていたらしいので
私達が駆けつける1~2時間くらい前に
癌治療によく使われる痛み止めの薬(モルヒネのような物)が投与されました。
肺炎も併発していて、肺が片方使えていない状態でしたので、
高濃度の酸素吸入器をつけて、
呼吸をするのも肩を大きく動かして呼吸していました。
それでも呼びかけると、かすかに反応してくれたように思います。

歳老いていくとともに背も体も小さくなったおじいちゃんでしたが
その時に病院で握ったおじいちゃんの手は大きな手でした。
 体は小さくなっても、手は大きいままなんだ・・・
 そういえば、おじいちゃんの手ってこんなに大きかったなぁ~
と子供の頃、ダンプカーを運転するおじいちゃんの手を
「すごいなぁ~」と思いながら助手席でじっと見ていた記憶がふと甦りました。

それから夜も更けて、おばあちゃんと母を残し
父と兄弟は一旦、自宅へ帰ることにしました。

  この時、初めて知ったのですが、
  人が生まれる時・死ぬ時は、満潮・干潮が関係あるみたいです。
  引き潮の時は亡くなる事が多い
  満ち潮の時は生まれる事が多い らしい

就寝のため、電気を消してから1時間半くらい経った頃に
母から「おじいちゃんが息を引き取った」と連絡がありました。
そして、おじいちゃんは明け方の4時頃、
おばあちゃんと母と一緒に自宅へ帰ってきました。
それからは、通夜・葬儀の準備でバタバタしてましたが、
“友引”が丁度重なっていたので、1日の余裕ができました。

その日、おじいちゃんを見ると、
いつもと変わらず、ぐっすり寝ている様な感じでした。
今にも起きてきそうな様子で・・・

おばあちゃんが、おじいちゃんが亡くなる前の3月8日に、
おじいちゃんがこんな事を言ってたのを教えてくれました。
 「治ると思って入院しとるのにのぉ・・・
  俺は治らんのかのぉ・・・」
お医者さんも「よく頑張ったね!」と言ってくれました。
入院してた病院に優の高校時代の看護婦の友達がいます。
その友達曰く、おじいちゃんはとても良い患者さんだったと聞きました。
文句も言わず、弱音も吐かず、痛いはずなのに痛いとも愚痴らず、
お世話をしてくれた看護婦さんにも愛想良くて、
とてもお世話がしやすかったそうです。
本当に最後まで治ると信じて、よく頑張ったと思います。

おじいちゃん!
ちゃんとスーツ着て革靴履いた?
帽子は風に飛ばされないようにね!
お弁当持った?
おむすび、優がにぎったんだよ。美味しい?
一気に食べると喉に詰まらせちゃうからゆっくり食べるんだよ。
お酒はほどほどにね!
タバコは吸いすぎちゃダメよ!

通夜も葬儀も自宅でしたが、とても立派なものでした。
本当にたくさんの方が来てくださり、
本当にたくさんのお花をいただきました。
そして、みんなが口をそろえて言ってたのが
「とても働き者だった」
「とても優しい人だった」
「とても我慢強い人だった」
おじいちゃんはたくさんの人から慕われて
たくさんの人から見送ってもらい、とても幸せだったと思います。

優の父親の両親も、母親の両親も今まで健在だったので
優の家族が亡くなるのは初めての事なんです。
だから正直言うと、おじいちゃんはまだ実家で元気に暮らしている・・・
未だにそんな感覚があります。

いつかは辿らなければいけない道・・・
いつかは必ずくる時・・・

おじいちゃん、
いろいろありがとう!向こうでも元気でね!
優とガンバルは、おじいちゃんの分までガンバルからね!
だから向こうから見守っててね。


追記
2006.03.14 葬儀の次の日
 目覚めたら 銀世界・・・
 
 さ・・・3月よ?
 世間は春なんですよ??

2006.03.14
 じいちゃん、
 葬儀の日は確かに寒かったけど
 こんなに雪降らなくて良かったね~

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